思垢メモ
経験したこと、感じたこと





【江戸を建てる/感想】流れを変える編 : 墓参りのシーンが泣けた


はじめに

門井慶喜さんが書かれた『家康、江戸を建てる』という本を「プロジェクトもの」として薦められたので気になって読んでみることに。職業柄プロジェクトマネジメントには興味があって読んでみましたが、一章の「流れを変える」という利根川の東遷に焦点を当てた話でさっそく感激。おもしろかったのでネタバレありで紹介します。

流れを変えるのネタバレ要約

徳川家康は秀吉に”江戸へ移れ”と命令されますが、当時の江戸は利根川の氾濫故に湿地地獄。それを変えるべく、北千住あたりを通っていた利根川を浦安の方に持っていく・・という大プロジェクトが始まります。

そのプロジェクトのリーダーですが、家康は井伊直政本多正信といった大物ではなく「伊奈忠次」という影の薄い部下を担当者に抜擢。周りの重鎮はヤツには荷が重いと不平を言いますが、家康は彼が「太閤検地で各地を見てきた経験」「性格が臆病であるため慎重に事を運ぶはず」という点を持って任せます。この時、忠次は41歳(家康は49歳)。

ここから伊奈忠次は長男の熊蔵と一緒に領主に頭を下げながら治水を行い、試行錯誤でこの利根川渡良瀬川に合流させる事業を進めます。そして、いよいよ工事が完成して皆が喜んでいるシーンに移りますが、そこにいるのは伊奈忠治という忠次の次男

なんと、父親である忠次は夢半ばにて8年前に死去しており、一緒に事業を進めていた熊蔵は大阪の陣にて命じられた川の堰き止めに失敗をすることで徳川家から見放され、34歳の若さで死去していました。

伊奈忠治は長男である半左衛門と一緒に、父と兄が眠る墓に利根川渡良瀬川の合流地点の水をかけます。
もともと忠次が構想していた川の変更構想は道半ばですが、その頃には治水よりも利水という観点が重視され、これ以上の治水は不要ということでプロジェクト自体は終了。

そこから忠治は治水から離れて別の仕事をし、半左衛門は治水の仕事に勤しみます。すると期間が空きますが、赤堀川の治水を行う話が再熱。実は、この川は利根川プロジェクトの際に忠治がこの治水を部下に任せて二度失敗(村を水没させる)したという苦い過去があります。しかし、今回は各地で治水を行ってきた半左衛門とタッグを組む形で再始動

その赤堀川の水を逃がす疎通試験の日、半左衛門は「伊奈三代の総決算」と捉えながらドキドキと川が氾濫しないかと見守りますが、無事に成功。それに涙する部下に「泣くな、その涙でこの堤が切れたらどうする」と笑います。

その足で向かった墓参りですが、先述の時から一本多く建っているのは父親忠治の墓。なんと、この疎通が行われる一年前に忠次は死去。半左衛門は墓にかける水として、部下に三代の工事の結果が全て合わさった川のポイントから汲んでくるように命じました。

感想

いやー、最初はただの歴史モノと思って読んでいましたが各所でジーンとしました。

起承転結もしっかりしていて、物語の序盤は「忠次と熊蔵」の親子物語なのかと思いきや、それが熊蔵の弟に引き継がれて進んでいくというびっくり展開。半左衛門が自分も治水をやると張り切るも父親である忠治が「幼い頃から思い詰めるな。父の仕事を誰が継ぐかは天が決める、お主ではない」と自分の経験をもとに諭すシーンも印象的でした。

そしてカタルシスがあるのは総決算を行った半左衛門が三人(忠治、熊蔵、忠次)に想いを寄せながら墓参りをするシーン。利根川の治水を見届けれなかった忠治と熊蔵のように、忠次も赤堀川の治水を見届けれなかったという歴史は残酷ですが、だからこその感動の墓参り。ちなみに、この墓は勝願寺という埼玉県鴻巣市にある模様。

終わりに

同書は全五章からなるプロジェクト物語ですが、1章は「関屋」や「猫実」と言った馴染みのある地名が出てきて、そこもまたおもしろかったです。他の章もまた、心に残れば記事にしますので良ければ読者登録などよろしくおねがいします。