思垢メモ
経験したこと、感じたこと





【感想】Fukushima50を見てエンジニアが思ったこと


14日は映画の日

本日、TOHOシネマズにて福島50を見てきました。

Fukushima 50(フクシマフィフティ)は、2020年3月6日に公開された日本映画。
門田隆将著のノンフィクション書籍『死の淵を見た男 吉田昌郎福島第一原発』を原作に、東北地方太平洋沖地震に伴う福島第一原子力発電所事故発生時に発電所に留まって対応業務に従事した約50名の作業員たち・通称「フクシマ50」の闘いを描く。
監督は若松節朗、主演は佐藤浩市渡辺謙。新作の日本映画の中では初めて、ドルビービジョン,ドルビーアトモスを用いた制作作業を日本国内で完結した。

ドルビービジョン?ドルビーアスモス?と思って調べましたが、映像や音楽をよりよくする技術のようです。

以下はあらすじ。

2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震の後に発生した津波によって福島第一原子力発電所の原子炉の冷却機能が停止し、それらの復旧作業や応急処置のために同発電所には社員を含め約800人の従業員が従事していた。しかし、懸命の復旧作業にもかかわらず、原子炉1号機の水素爆発など度重なる原子炉爆発事故が発生し、危険回避の為に人員約750人は東京電力の指示によって避難した。しかし、約50人が現地にとどまり、福島第一原子力発電所の被害を食い止めることに尽力した。

ネット記事では「まだ解決していない問題を終わったかのような着地のさせ方は良くない」「一方からの見方でドキュメンタリーではない」と非難されていますが、単純に映像作品として見て思ったことを綴ってみました。

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Fukushima50

ここからはネタバレありなのでご注意ください。

現場の人の踏ん張りに心が震える

この手の災害やトラブルが起きると、現場に近いところにいるチームとそこから離れて指示を出すチームに分かれます。
どちらも大変なのは分かりつつ、本作は現場視点の映画ということもあり、身体をはっている現場の人の苦労や苦渋の決断に感情移入していまいます。

戦争映画などを見ると『国のためにあそこまで命を差し出せるのすごいな~』なんて思いがちですが、このテーマはたった10年前。

自分が危機的状況なのにも関わらず、職務を全うして地域やチームメンバーそして家族を守るために行動した方々の雄姿は泣けます。本当に命がけだったんだろうな~というのが伝わってきました。そして、今この時でも廃炉に向けて取り組まれていることがいることも忘れてはいけません。

エンジニアとして思ったこと

私も仕事柄、例えばITシステムがトラブルを起こすと時間を気にしつつお客様や同組織の上位者にせっつかれながら対応することがあります。要は現場側です。もう少し偉くなれば上位者側(お客様に状況を報告する側)。

で、そのような対応中に現場で言われるのは「指示通りに実施して失敗したらあなたの責任ではない」という点です。
要は作業手順書というものに沿って作業をしていれば、結果がどうであれそれは個人の責任ではないので気にしなくてよい、という感じ。作業手順書や上位者の指示に従っていれば、何があろうと現場の作業者に責任はきません。

逆に、手順書を無視したり上位者の指示に背いたりすることでトラブルが大きくなってしまうと大問題。なので、現場は結局指示待ちになりがちです。

が、本作品の中では「海水注入を止めろ」という指示が来たにも関わらず現場の判断で止めないシーンが描かれています。

一般的には現場の判断で好き勝手してはいけない、というのが正だとは思うのですが「管理側がまるっきしダメ」な場合は、現場は苦渋の選択でそれを無視してしまうんだな、と映画を見ながら感じました。

私も管理側になることがあれば、現場の人以上に現場を把握し、ツーカーで指示を出せるようになりたいな~なんて真面目に考えていました。

終わりに

事実を過度にしたシーンは多々あるのかもしれませんが、津波が来たあの日に現場で起こっていたことを2時間集中して見る経験、良かったです。巷では色々と批判を受けていますが、改めて福島に目を向けるという意味でも意義はあると思います。

個人的には、家族やチームの絆に涙しながら、色々と考えることができる貴重な時間でした。

イデオロギーや思想関係なく、チームで仕事をする方は見ると何かを感じると思います。